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8月最後 小指とか湯シャンとか

足治らなかった。治る気もしない。硬くて痛い。赤みはとれず腫れてる。たかが打ち身、そう思っていました。自分から打ちにいったなら自分の体重や行動エネルギーが加算されるだけだが敵(!)からアッタックされたうち身はどんでもない破壊力だ。止まってる車にぶつかっても痛いな!ですむが自分が止まってて走ってくる車にぶつけられたら、耐えられない。とうとう8月はいけなかった。休会だと月会費の半額7500円税別だ。なにもしなくても7500円、休会より得なのは何回のりに行くことだろうか。のることとのらないことは比較できないから何回からが得というのはないわけだが、無理して乗るか、ムリして休むか、という程度の身体状況の場合を考えて計算してみると、月1回しか乗らないなら月会費15000円+騎乗料2100円で、1回17100円税別である。3回だと7100円になるので、3回乗れるなら休会より納得できるってことだろう。でも休む。9月も休会届けした。右足で、爪先立ちできる気がしない。

湯シャンやめた。やめて1週間。
そもそもなぜ湯シャンというと、環境を汚さないから。これが1番。次に湯シャンで本当の髪の美しさがよみがえる、腰があって輝きがあってしっかりした髪が甦る、ハゲ部分に産毛が生えてくる、ほほぉ、悪くない。と始めた。2年間実施して、よかったのはあわだてる手間が要らなかったという程度、髪はごわごわぼさぼさ空気をたくさん含むので量は多くは見える、けれど1年以上経った頃から髪の間に空気はいいが脂も、多く存在するような気がしてきた。あぶらっぽい。髪は、美しくない。「もともときれいじゃなかった」とも言う。
髪の毛が、背中にとろんと落ちて流れるみたいなのがきれいだと思うんだ、毛先が背中についてる。それがない。習字の筆を根元まで墨を吸わせてごいごいと根元まで半紙に押し付けて書いて根元までじゃあじゃあ洗って流れを整えずにかわかした、あたしの髪はそんな感じ。そうじゃなくて。夏だからそうめんを食べることが多かった。そうめんはとてもおいしい。鍋の中で、うるうると回ってゆでられるそうめん、さいばしで混ぜるとそうめんがつつつるるんとひかかってきてうるんと鍋におちていく。これ。ゆでてる最中のそうめんみたいな髪になりたい。ならない。細くてやわらかいんだけど、毛先がぶわぶわっとしてる。なぜだろう。コンディショナーなどやり始めたが、流してる最中はいい。けど、乾かして乾かし終えると?そろそろ捨てたほうがいい筆のようだ。切れ毛が多いのも問題だ。後頭部のでっぱりのあたりで大量に切れてる。なぜだろう。夏場はまとめて縛っていたが、顔の周りに短い毛がたくさんあって、結びに入れない短い髪がライオンのようである。おでこはハゲなのにもみあげとえりあしは長い。エレベータに知らない二人組みがもみあげの話をしながら乗ってきたことがある。だれだれがもみあげがながくておかしいという悪口だった。あたしを見るなり、さっと静かになった。もみあげが異常に長い珍種である。外国人はブローのときに下を向いててかわいたらぶわさ~っと頭をあげるとボリュームがでていいらしい。それをしてみた。ちがうこれじゃない。なにやってもうまくまとまらない。髪って、だめな人はだめなんじゃないかな。癖毛とか頭のかたちとか。あれもだめこれもだめ指は治らない。腐る?だいじょうぶ。なれてるし。年取ると、たいていのことは昔も経験してる。それでもいいことないかなって思うから、そうとうずうずうしい。長生きするはずだと思った。

本「ピーティ」ベン マイケルセン
小鳥の表紙だったので動物モノかと思って読んだら、ちがった。脳性まひのピーティの話だった。意外と読みやすく続きが気になって、でも一回中断した。ピーティは脳性まひなのだが知的障害ではなかった。1900年ころの話なので、当時は脳性まひはすべて精神病院に収容されて考える力がないとみなされていたのだ。ピーティには言語を理解する能力があると気づく看護助手もいたが、専門家(医師)の判断は「なし」なのだから、そのまま捨て置かれる。車椅子のスキマに残ったごはんを食べにねずみたちがやってくる。ピーティの友達だ。ねずみに名前をつけ、ベッドで一緒に眠り、かわいがる。しかし、看護助手にねずみのふんが見つかり、毒薬をおかれることになる。と、ここでねずみにかわいそうな話になりそうだったので読むのをやめてた。でも大丈夫だった。エサをやるのをやめて、ねずみを追い払うようにして、毒殺から逃がしてやる。年の近いカルビンと仲良くなる。カルビンはピーティの上手に発音できない言葉を読み取って上げれるのだ。仲良くしていた看護助手がやめてしまいカルビンはうつ病になり、脳性まひと知的障害が区別されピーティは精神病院から介護ホームに移転する。ピーティ50歳。ここまでが一部。第二部は、70歳のピーティ。16歳の少年トレバーとのかかわりが書かれる。ピーティの世話をしてハイキングにいったり映画に行ったり(馬の出てくるスノーリバーという映画)町の人の、ピーティに対する偏見を感じ取って理解してほしいと思ったりこわれかけの車椅子じゃなくて新しいのがほしいと募金箱を置いてもらったりする。トレバーみたいな子は私がぜんぜん理解できない。カルビンを探してあわせたりとか、すごく都合主義な感じがした。一気に読んでしまえるがおもしろいというとそうでもない。1900年ごろはこんなだったんですよ、という時代考証な話というんだろうか。考えられるのに考えていないという周りの世界はこわいと思う。でもピーティはこわいとは思っていなかった。身の回りを知るだけで、書物を知らなかったからだろうか、ピーティをかわいそうだなと思うことなく読み終わったのがよかった。作者の書き方が良いのだと思う。2部はつまらなかった。

by kumaol | 2014-08-31 21:42 | 雑記