DVD「流れる」成瀬巳喜男

幸田文は小気味いい文体の作家、おとうとしか読んだことないけど、辛辣で冷酷な作品の印象を持ってました。「流れる」も淡々と冷酷な物語で、淡々さが成瀬と合っているし、見るたびにワンパターンな演技な高峰秀子もワンパターンがはまっている。というか、何を演じても〇〇というのはそれが好きな人にとっては欠点でもなんでもない。眉をひくっとあげたり唇の端をつつっとあげたり睨んだりそむけたりする表情演技、成瀬映画ではあって当然のものだし高峰さんはそれプラスどことなく投げやりな心がこもっていないせりふ回しだ。好みです。それに幸田文の無常さが加わって画面に「終わり」が出た時にはひどいーと思いました。救いのない生きているのが嫌になるようないやな映画です。そしてとても面白かった。一気に見れる。ところどころ昔の価値観が押し付けられてきてイラっとするところがあるが時代背景を感じられる映画として時代的価値づけもできるだろう。
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DVD裏表紙より
柳橋界隈の花街を舞台に、芸者置屋で働く女中の目を通してそこに集う女たちの悲喜劇を描く。幸田文の同名小説を、「めし」「晩菊」に続いて田中澄江と井出俊郎が共同で脚本を担当。「愛染かつら」の田中絹代、「祇園の姉妹」の山田五十鈴、「浮雲」「二十四の瞳」の高峰秀子、「晩春」の杉村春子、「秋津温泉」の岡田茉莉子など、日本映画史を彩る女優陣の競演が華やかだが、なかでも成瀬に請われ18年ぶりに銀幕復帰となった往年の大女優栗島すみ子の存在が光る。
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あらすじ
はやらなくなった芸者置き場の女将山田五十鈴と愛想が悪く不器量な娘高峰秀子。芸者デビューをしたこともあったが向かずニート(家事手伝い)をしている。なみ江が伝票と賃金が違ってごまかされていると秀子に言ってくるがいやならやめろとパワハラする。なみ江はそれきり出てこなくなるが千葉から叔父という石切り工が金払えと連日押しかけてくる。酒や寿司や女をあてがう山田。職業安定所から女中が働きにくる。夫と子供を亡くした独り者の45歳だ(田中絹江)。芸者の杉村春子、岡田茉莉子、山田の妹の中北千枝子などが女中の田中絹江に話すという形で状況や人間関係が見えてくる。10歳若い男を住まわせ貢いでいる杉村(年なのでひいきの客はなくヘルプや急なフリーの座敷に呼ばれる)、浮気者の男に捨てられ姉のもとに一人娘と一緒に身を寄せている中北。山田には異母姉に借金がある。旦那を持てと紹介されるが落ちぶれても意に染まぬ男の世話にならないと断る。一方で姐さんの栗島すみ子(料理屋を経営)にたより借金の申し出をすると昔ひいきにしていた先生から10万を預かってきたからとくれる。先生に頼ってみろと言われ、昔栗島の甥を先生の秘書に紹介してやったこともあり、先生はまだあなたのことが好きだからと言われてその気になってしゃきっと装って出かけていくが彼は来ない。10万は助けたいからくれた金ではなく二度と頼ってくれるなという手切れ金だった。石切りの脅迫事件で警察に呼ばれ示談にはなったもののつたの家の評判は落ちる。岡田茉莉子は昔の恋人に久しぶりに会いに行くがただで遊ぼうとする男に幻滅する。杉村は年下の男に捨てられ泣くと、そのほうがよかったと山田がいうのものだから、お金をちゃんと払わない女将が悪いだから捨てられたと攻撃してくる。伝票とお金が合わないという。山田はまあまあとごまかそうとするが高峰がいやだったらやめてくれて結構とぴしゃりというので岡田茉莉子と一緒に出て行ってしまう。以前から栗島がこの店を買い取ってやるから借金を返し雇われ女将になって仕事を続けろと持ち掛けてきていて、そうすることにした。少々の時間が流れて。杉村が酔ったはずみですみませんでしたと戻ってくる。岡田はよその家で売れっ子なので戻ってこない。田中絹江は栗島に、うちの女中にならないかと誘われる。つたの家はつぶして料理屋に改装するのだと計画を打ち明ける。それでは、おかみさんたちは。川向うにでも行ってどうにでも生きていけるだろうよ。唖然とする田中。狸婆の栗島。山田は芸妓になる予定の子供たちに三味線を教えている。高峰は店がなくなっても母と二人で生きていけるようにとミシンを習っている。三味線の音とミシンの音が格子づくりの家が並ぶ芸者街に協奏する。終わり
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映画の中で一番きれいなのはどう見ても高峰秀子なのだが、不器量な娘という役だった。いじわるそうな意固地な顔つきを作ってはいるがどう見ても一番の器量よしである。岡田茉莉子は相変わらずひょうひょうとした無責任な娘に描かれ、すごい美人であるのに、高峰秀子のせいで主役になれなかったのか、当時ははっきりした眼の西洋的美人は受けなかったのか。成瀬ワールドではキャストがおなじみさんなので、浮雲では岡田茉莉子の亭主だった加藤がここでは中北を捨てた女たらし役になっている。中北は、浮雲では森雅彦の正妻で前歯に金を貼っている役だった。中北は猫背で常に顔をかしげているような姿勢なので、いじいじした泣き言しか言えない女の役には合っている。
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ポン子という猫が飼われている。食卓に近づこうとする猫の首をつまんでぽいっと落とす女中の田中絹江、ポン子がいないから探しておくれと言われて屋根の上で見つけ首をつまんでぽいっと家の中に入れ落とす岡田茉莉子、接待の最中にポン子に膝に乗られ、あっち行けと首をつまんで遠くに放り投げる石切り工。猫の扱いがひどい。
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杉村が伝票と給金が合ってないと悪態をつく場面で、高峰はたてつく暇もない拒否をするのだが、「お嬢さんは男を知らないから」と言われ、男を知らないとなにか都合悪いことがあるのか、と反論してしまう。山田も杉村も岡田も中北も、田中も、この家の女たちはみな男で苦労してきているのだ。杉村は「へぇ~みなさん聞きました?ききました?」と触れて回る。ここが時代だなと思った。男がいなければ生きていけない女という身分。好きな男と自然に結ばれる二人ならこだわることでもないが、不器量な引きこもりで生きてきた女には結婚しろも男を作れもとげになっていく。男なしでも生きていってもいい社会になれてよかった。
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新生つた家を評して粟島が田中絹代に言う、「習い事に来ている娘たち、身を売らなければ立てるような女たちじゃない」このセリフで、石切り工も脅しの中で「金も払わず売春までさせて」と脅迫なのか事実なのかわからなかったが言っていたが、なか江が売春を兼ねていて女将たちが見ていないふりをしていたことがはっきりとわかるのである。
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ミシンの内職を始めた不細工娘であるが、ミシン内職の需要もあと何年と続くものではないことは未来から見ると明らかで、家もとられ頼りになる男はなく頼りにしていた姐さんからはだまし討ちにあった形で、芸者しかしたことがない母とニートしかしたことのない娘では、先行きの暗さを暗示させて打ち切るのが上策か。現実によくあるのがこういううまいこといかない話だろう。それでもどうにかして生きていけるものだから生きることは辛いの集大成だ。
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杉村春子はエッセイを書き2冊ほど読んだことがある。朝ごはん昼ご飯晩御飯の記述がよくあるエッセイだった。曰く、あと何回か、数えられる回数しか食べることができないのでおなかを満たすために食べることはしたくない、納得したものを食べる、ということを何度か書いていた。おいしくないのにおなか一杯になってしまったときに杉村春子を思い出していた。
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幸田文はやはり底意地が悪い。
女将の娘にもうちょっと愛嬌というか他人を許したり信じたりする気持ちがあればよいのにな。かたくなな娘が没落の元凶か。不細工だっていいじゃない。といいたいが男がいなければ生きにくかった時代、価値観が悪い。全部価値観のせい。


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犬が夜中に悲鳴をあげることが二晩続き、二晩とも手足を突っ張らせて脱糞したが抱いてやったらこっちにもどってきた。発作にはならなかったが周回を続けるのでさせることにした。4時間くらい歩き続ける。昼間も起きると歩き続ける。それからぐにゃりと寝る。だんだんだんだん悪くなっていくのだ。
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向かいの家の塀が壊れて直ったと思ったらまた壊れてた。なんでどうして。ふしぎ発見だ。


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by kumaol | 2017-07-02 17:42 | 雑記 | Comments(0)

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