新潮文庫。
ランブルマーブルの長崎さんの小説漫画で横光利一の頭ならびに腹がわけわからない話で、横光利一ってこんなんだっけかと確かめたく思ったので読むことにした。文芸作品は久しぶり。そしたら、最初の一作目からすごく良くて、文学の香りがぷんぷんする。言葉の選択と配列のセンスがすばらしい。
「御身」
姉が女の赤ちゃんを産む。かわいくてしょうがない。近所の赤ちゃんは母親の乳にふさがれて死んだ。姉の子は種痘の毒が回って片腕が切り落とされた(と誤解する)腕に毒が回っただけですんで全快していたが、俺が守ってやらなければかわいそうと決意を新たにする。姉が出かける間赤ちゃんの見張り(子守)をするのだが本気で恋をしているのかもと考える。今なら変態扱いされるかもだが。幼児に成長した姪は叔父などないもののように過ごしている。くやしい。というようなほほえましいようなのんびりした話で、ストーリーというものより日記帳な話だが。本気で赤ん坊や幼児に恋をしているかもと考えて涙を流す男が正直だと思う。面倒を見てると泣いて泣いて泣き止まないので頭の下に手をいれてやると、抱いてもらえるのかと思って泣き止む、だが抱いてやらずすっと手をひっこめる。「この子は生まれて初めてだまされたのかもしれない」そんな風に考えると申し訳なくて、姉が返ってくるまでずっと抱き通してやるのである。「初めてだました、と意識するのがおもしろい。
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川端康成の作品は国境を越えたり天城峠を越えたりして場所と時間の移動が明らかなのに対して、横光のは閉塞的で限定的な時間と場面における意識の流れを主軸にしているようだ。
文豪とアルケミストを始めることにした。登録だけしてた。

「ナポレオンと田虫」
おなかに虫が巣くってかゆくてたまらないナポレオン。ジョセフィーヌと離縁してパプスブルグ家の皇女を妻にしている。身分の高い女を妻にしたためストレスも半端ない。もっと強さを見せなければロシアを征服しなければ。みにくい腹に虫が這いずり回っているのがばれてしまう。高貴な女に平民の病を伝染してやる。自虐から暴力性をあらわにするナポレオン。ロシア遠征の手はずはととのった。ストーリーは世界史どたばたな喜劇風なのだが、最後の数行の文章がうまくて何度も読み直した。
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ナポレオンは河岸の丘の上からそれらの軍兵を眺めていた。騎兵と歩兵と砲兵と、服飾絢爛たる数十万の狂人の大軍が林の中から、三色の雲となって層々と進軍した。砲車の轍の連続は響を立てた河原のようであった。朝日に輝いた剣銃の波頭は空中に虹を撒いた。栗毛の馬の平原は狂人を載せてうねりながら、黒い地平線を造って、潮のように没落へと溢れていった。
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進軍の様子をこんな詩的に描くことができるなんて、すばらしいとしかいいようない。地平線に溢れていった、という描写に最高しびれる。

「春は馬車に乗って」
タイトルがすでに詩的だが今ならラノベのようでもある。子供のいない夫婦で妻は病気、夫はいささか淡々と妻の世話をしつつ話し相手になっている。一見普通の夫婦の会話のようであって一転実存を問う哲学的様相を見せる。落ち着かないのである。
「あたし、淋しいの」
「いずれ、誰だって淋しいにちがいない」
「あなたはいいわ。仕事があるんですもの。あたしは何もないんだわ」
「捜せばいいじゃないか」
「あたしは、あなた以外に捜せないんです」
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「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先に春を撒き撒きやってきたのさ」妻は彼から花束を受けると両手で胸いっぱいに抱きしめた。そうして、彼女はその明るい花束の中へ蒼ざめた顔を埋めると、恍惚として眼を閉じた。
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とにかく文章がきれいで、読み直してしみこませたい。あなた以外に探せないという妻(入籍していない)の気持ちが痛い。

「時間」
これはすごく面白かった。時間と空間の動きが十分にある小説だが閉塞的で息苦しくなる切迫感と焦燥に満ちている。必然や動機は無視した不条理劇のように混沌としたエネルギーである。座長が金を持ち逃げして宿屋からいなくなってしまい12人の座員は一文無しで思案に暮れる。田舎から金が届くと銘々自分のために使ってしまい誰も宿代を払わない。とうとう全員で逃げることにした。病気の女を連れていくか見捨てるかで迷うが順番におぶっていくことにした。海まで、崖をのぼってにげるのだ。真夜中の逃避行、重たい病人と大雨と空腹と、判断力も忍耐も限界に近づき、とサスペンス要素もたっぷり。眠ったら死ぬと、みんながみんなを殴り合って殴り続けてという場面は笑うところなのか。眠りに落ちる快楽にあらがえないがあらがう人々、なぜこのまま眠って死んでいってはいけないのか。この先二回目の死を迎えたときに、いまこのときのように気持ちよく苦しみもなく眠るように死ぬことができるだろうか。この考察は面白かった。なるほどそうだなあと。しかし抗って生きる。雨の中を行進してきたようなのに水が飲める水水と水を求める場面は不思議だった。雨は飲まなかったのか。喜劇なのか。

「機械」
代表作、蟹工船や田舎教師みたいな話だと思ってた。自然主義的なプロレタリアな物語かと。カフカだった。
ネームプレート工場に入社したわたしは社長の研究室に出入りできて新製品を作っている。軽部はわたしをスパイと疑って憎んでいる。ぽかぽか殴られる。屋敷が夜中に奥さんの部屋に入るのを見かけた。屋敷がスパイかも。軽部にされたストーカー行為を私が屋敷に対してしていると、軽部にも愛着がわいてくるし屋敷にも一心同体のような気がしてくる。屋敷と軽部がけんかして軽部が屋敷をぽかぽか殴る。スパイかもとかっこいい想像をしてあげた屋敷が殴られ役なんてがっかりだ。三人が殴り合いのけんかをしたあと飲んで忘れることにして酒飲みの一夜から目覚めると軽部が死んでいた。屋敷が殺したんだろうか。いや、わたしかもしれない。
なんて話が改行も段落もなく会話文も「」がなくずらずらずらっと書かれている。カフカの文学の本質は「けむにまく」だと思う。不条理とかいっちゃうと高尚だけども最後に「という夢を見ました」をつけるとわかるwとなる次第。主人も軽部も屋敷も、わたしの頭の中でわたしが思うとおりの人間のように存在していて、わたしを介さなければ消滅してしまうのだとでも主張しているかのようにわたしの主観で最初から最後まで横殴りし続けるのだ。テーマ:この世はわたしが存在するから存在する。


新潮文庫には載っていないが「蠅」は最高傑作である。カフカ的。中学二年生にお勧めしたい。
待合所に馬車に乗りたい人々が集まってくるが、馬車はいつ出るのだろう。猫背の御者はルーティンで蒸しあがった饅頭ができるまでは準備をしない。物語の「不条理さ」も格別であるが、文章もすばらしく、馬の様子が目の前のように見えてくるのである。
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(蠅は)馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まで這い上がった。
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馬はひとすじの枯れ草を奥歯に引っ掛けたまま猫背の老いた御者の姿を探している。(御者は饅頭屋の店先で将棋を指しているのである)
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馬車につながれることになる馬の様子が本物の馬らしくて、馬のにおいがしてきそう。けむにまく物語。

「比叡」
京都に父親の法事で親子4人で帰る話なのだがぴんと来なかった。坂道を歩くときに息子をおぶってやるとおぶりやのばあさんが声をかけてきて私はおぶってもらえというが妻はいやがり、妻になついている息子も拒否して、わたしは腐る。ばあさんも息子にはっきり拒絶されて気持ちを切り替えたのか一切営業しなくなり世間話で和やかに話す態度の豹変に自分一人だけがわだかまりでつまらない思いを抱く、いつものように心理描写が綿密で、人間関係のこういう自分一人の頭の中の観察はうまいと思った。筋は面白くない。

「厨房日記」
厨房の意味がまんま中坊だった。ヨーロッパ視察旅行から帰ってきた主人公梶が、思想と世俗、国際と民族、欧州と日本と対比しながら小難しい会話をした記憶を思い浮かべるのである。小難しいことを語りあう場面はドストエフスキーの小説のパロディのようでありスタブローギンがシュールレアリズムの心理描写の典型的人物だという記述もある。ドストエフスキーの小説では左翼がどうの国家が個人が思想と政治とって話を会話で語り合うのが常であるが、大人になったらそういう会話をするのが普通なのかと思ってたがそんなことはあるわけがなかった。帰国してみると奥さんと子供との生活が再び始まる一方で金持ち息子と政治談議などして思想家の生活を続けている、が、子供が迷子になって迷子が心配で心配で、思想よりも世俗に足を引っ張られることを驚くのである。思想と生活は両立すると思うけれども、梶は苦笑いなのである。面白い話だったが、こういう小説が流行った時代を知らないと退屈かもしれない。昔は小説というとこんな小難しくかっこつけたのが多かった。

「睡蓮」
一軒家を立てた私の近所に、看守職の夫と妻の夫婦が住んでいて、かっこいい男なので気になっている。彼らの夫婦仲も大変よく見送りと出迎えの様子を気にかけて見てしまう。隣の土地を買って本当に隣人になった。女中も、隣のだんなさんだったら結婚したいというようないい男なのである。こちらにこともが生まれるとあちらにも生まれまた生まれるとあちらにも生まれ。うちで飼っているうさぎがあちらの猫に食い殺された。よい隣人なので苦情は言わない。飲み会の帰りに電車にはねられて隣人の男は死ぬ。奥さんと子供たちはよそに移り空き家になった。猫は老いやつれてごみを漁っていた。気になる近所の人の話。短編らしい短編で特別感動する部分もなく近所の人は家族や職場の人とはちがう近所の人という一つのカテゴリなのだと思われる。


「罌粟の中」
ヨーロッパ旅行中の梶が再び出てくる。今回はカフカっぽかった。見ず知らずの男が突然ホテルの部屋の前に立ち通訳に雇ってくれという。疑いも持たず見知らぬ男と行動を共にする。サガンだったら、どこそこのパーティーでだれそれのいとこでと説明があって人間関係が始まるがカフカならいきなり他人が在るのだ。踊り子が大勢踊っている酒場に連れていかれどの子が好みですか。あの子。その子が隣の椅子に座って、するとラッパ吹きがじろじろとずっと見てくるので、彼はこの子が好きなんだと推測するとその通りでラッパ吹きと彼女を二人にしてやる。またどの子がいいかと聞かれ次の子をいうと今度の子は積極的で梶は消極的になる。というようなざわざわした酒場の雰囲気と異国の雰囲気といかがわしいようなそれは考えすぎのような男のあっせんと若く幼い踊り子たちとの一言二言と、橋のたもとに獅子の彫刻がある。獅子に舌がないことを皆が笑ったので彫刻家は自殺しました。と通訳の男は話す。理由も背景もない。不気味なことそれだけを言う。またこの料理は自慢のハンガリー料理ですと言って勧める。なぜとか理由や背景は言わない。カフカっぽいと思ったところ。ハンガリーの民族衣装のパフスリーブの白いブラウスの上で赤い罌粟の花がぱぁっとにじんだような知らない国の短編。ハンガリーがイメージできて面白かった。

最後。
「微笑」ヨーロッパ視察経験の梶が主人公。梶の短編は国際の日本を強く意識した明治昭和初頭の見識者的見方が感じられる。光線を発明する知識人栖方が転んだ時に電車の下からのぞいた飛び散る火花とラジオのスイッチを回したときにポっといった音とを組み合わせて僕の光線はできたという。狂人なのか嘘つきなのか。だがにこっと微笑む顔がかわいい男なのだった。戦争に負け、栖方は自分の光線が国の役に立たなかったといって発狂し死ぬ。やはりカフカらしい匂いのする短編だった。そして自分はカフカぽい匂いに敏感なのでちょっとでもかぎつけて引きずられてしまうんだろう。横光の作品んは妙になつかしい苦みがある。


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# by kumaol | 2017-08-04 22:35 | 雑記 | Comments(0)

犬の薬はいくらなの

消炎剤(ステロイド)だけが早くなくなってしまうので薬をもらいに行く。前回は7/19、20日分もらったが一日おきにあげる10錠の消炎剤がいつも先になくなる。全部一日一錠なら間違えないのだろうが。消炎剤総合ビタミン剤抗痙攣剤の3種類をもらって3500円手数料200消費税別。二種類が1000円で1種類が1500円なんだろうか。前回は心臓病用を足して四種類で4500円だった。心臓は1000円か。次回は今回の3種類のどれかをなしにして、いくらになるか気にしてみよう。どれが1500円なのか!

昨日の犬ははぁはぁして心臓がばくばくいっていた。暑いのかもと思ってエアコンの効き目が強い部屋に連れて行ったら静かに寝始めた。前も、暑いのかなあと思って涼しくしたら静かになったので。エアコンは朝6時から夜22時くらいまでつけているが、昨日今日みたいい涼しいとセーブされてしまい冷涼ではなくなる。涼しい夏の日のほうが要注意だ。
外にトイレに連れて行くと、トイレ中はがんばって自力で立っている。えらい。終わって、水まきのホースなどにつまづいたり、排水溝のわずかな斜めの坂に滑ったりするとその場でこてんと倒れてしまい、起き上がらない。そのままあきらめて倒れて休息してしまう。なんというか、猛烈にかわいい。外に出したときに力尽きたように寝てしまうなんていうのは次のステージに行ってしまったということで、生きる力が少なくなっているのは間違いない。死んでほしくないなあ。死んでほしくない。しなないで。
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老眼がすごいスピードで進む。濃淡がわからなくなった。ブリングウォーターの水を入れる線まで水がはいったかどうかが眼鏡をしないとわからない。レシートも値札も作り方も眼鏡をかけないとわからないので、眼鏡をしていないとき眼鏡置き場は前髪の上だ。図書館に行ったときに眼鏡忘れて見えなくて困った、とおでこに手をあてたらメガネがあって、頭眼鏡で歩いてきたらしい。あってよかったけど老化の救いようがなさに震える。


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# by kumaol | 2017-08-04 21:35 | | Comments(0)

あ、やっと犬寝た

犬が落ち着きなくてぴいぴい泣いて歩き回るから落ち着かない。抱っこしたりおろしたり抱っこしたりおろしたり水飲ませたりなでたり抱っこしたり。珍しく久しぶりだ。脳が暴走しているんだろう。私たちが見る夢も予知とか予兆とか隠れた真実とかではなく記憶と想像をごちゃまぜにした脳の暴走だと思う。
朝晩猫の食器をもってうろつきまわる近所の人が、うちの敷地に入ってきて玄関前から車の下をのぞいていたからぎょっとした。はじめ泥棒の下見かと思ったから怖くて隠れてしまった。窓から見られないように。しばらくして外に出たらまだ近所をうろうろしてて姿かたちが一致した。危ない人だ。おそろしいわ。
年取って靴が大きくなるのは、筋力が弱って足裏のアーチがほどけて表面積が大きくなるからという科学的な理由があった。筋力が弱って血流が悪くなりむくむという理由もある。また老人はからだをしめつける耐性が弱り下着や靴下のゴムをぶかぶかにし始める、靴のようにしっかり締め付けるということに耐えがたくなり、大きくしていってしまうという結果的な理由もある。そうか、みんな大きくなるんだ(うれしくない)。幅広にしたらあるくときにぶかっと脱げそうで指で踏ん張るので二の指の爪がはがれそうに痛い。靴が合わないとかなり気が滅入る。マジックテープで留める靴を検討している。
明菜のBELIEが評判よいので聴いてみた。デッキに入れたことを忘れて聴いたときにこんなおばさんのCDもってたっけとしばしわからなかった。声質がおばさんだった。サウダージ、曲目によるのか、それ以外はおばさんではなかったけども古いかなあ。カバーのアルバムが出たときになんかつまんないなと思ってたけどまさか何年も何作もカバーを出すと思わなかった。タイトルに歌姫とかディーバとかつけるってどうなんだろう。完璧主義者で妥協を許さないアーティストとしてOKなのカラオケを聴いてるようだった。表現力があるから他人の楽曲を自分の世界にできるといいたいのでしょうか。表現力も大昔の一張羅みたいで古めかしい。楽曲も古い。Faoiみたい。古くてびっくりする。謝肉祭はそのころの百恵と10代の明菜だと似てるから自分の曲みたいでうまく歌えてた。二人とも最初は金物みたいな声だったけどくぐもった声に代わって似てる。上あごで声をあたためてから出すような声質。サウダージや限界ラバーズのようなロックは合ってない。歌詞がひどいのもあってない。やさしくなりたい強くなりたいとさびを何度も歌われるとはいはいはいはい。写真が鼻の穴がすいかのたねみたいのばかりでそこはおかしくないの。鼻の穴大杉。ステキな恋の忘れ方が一番よかったから用水はとりあえず天才だった。ストックやクルーズみたいな完璧なオリジナルを作ってほしかった。期待しない。
犬が静かに寝た。発作がこなかった。幸せだ。

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# by kumaol | 2017-08-03 22:46 | 雑記 | Comments(0)