東大法学部出エリート銀行員が子会社に出向になりその子会社に転籍になり常務で退職になる。定年は生前葬だ散る桜残る桜も散る桜とぶつぶつ言ってうっとうしい。妻は40超えて美容専門学校に通い美容師になった。定年の夫を家に残してさっさと働きに行く。スポーツジムで余暇をつぶすもじじぱぱと同化したくないと上から目線で距離を置く。カルチャースクールで源氏でも学び東大大学院にでも行くか(自尊心が満足)。そこで東北なまり同郷の受付嬢と話が合い源氏より石川啄木だ(特別な想いはない)と講座を変更する。妻のいとこのイラストレータートシはしょっちゅう家に飲みに来る。娘の道子も飲みに来る。よくしゃべる人たち。受付女は食事に誘うと嬉しそうについてくる。娘は「ただ飯おやじなだけ」ずけずけと分析してくれる。酔ってタクシーに乗ると二人の間にバッグをはさんだ。俺とは距離を置きたいと無意識にしたことか。傷つく。カルチャースクールをやめる。大学院入試に向けて気持ちは充実しかけたがやはり仕事がしたい。ジム仲間の金持ち鈴木からうちのIT会社で経理関係をやってほしいといわれる。財務関連を調べると問題なし、右肩上がりの成長会社だ。ミャンマーと大きな取引を始めていて飛躍の勝負の時だった。鈴木が突然死ぬ。鈴木に請われた自分なので死んだならあとは若い者たちに任す(俺はまた無職か自虐)が、社長になってくれ全員の意見だと言われて、そうだ俺も社長になりたいんだと引き受ける。仕事をもち自信をもった俺は今なら受付女にも堂々と接することができる、と伊豆のホテルに誘うが女は駅前のビジネスホテルに泊まりますと帰ってしまった。ばかばか俺のバカ。もう女にうろうろしないぞ。妻は独立して自分の店を出す段取りをつけていた。トシにも内装をてつだってもらうとの話し合いの場に受付女が合い鍵で開けてトシの部屋に入ってくる。カルチャーセンターの講師をしていたトシと受付女は知り合いで知り合い以上の関係だった。俺は長い間ただ飯をおごったのに友達扱いでトシはたった一回で男女の関係か。ひがむ主人公。きもい。ミャンマーの会社の後ろ盾だった政治家が収賄で逮捕され売掛金の回収ができなくなった。3億円。内部留保を全額出しても銀行の借入金が返せない。鈴木の遺族には功労金として1億5千万支払い済みだ(はあ?)。代表取締役社長個人の財産を弁済に充てるという条件で借入したので俺が足りない分を個人財産で支払わなければいけない。個人財産1億5千万が1千万になってしまった。だが年金が年500万ある。妻には申し訳ないことをした。妻は会社の若い女たちから倒産を知らされる。夫婦共通の財産だから半分は私のものだったのに。怒る妻。ぺこぺこする主人公。掃除洗濯皿洗いをする。妻の顔色をうかがいながら。へりくだる男を見て妻はますます面白くない。会話なし。家庭が地獄になる。ママも小さい女、どん底のパパに寄り添えないならさっさと離婚して。道子とトシは離婚を進める。お前が別れたいというなら別れるよ。主導権を妻にゆだねる元エリート、そういうずるさも嫌なのよ。岩手の故郷で甲子園をかけた試合が行われて出かけ、ふるさとっていいなあと自己満足モードに入る主人公。たまに帰るからみんなやさしいのにと言われるが、男は最後は故郷だ。と言って岩手で母親の介護をして同級生のNPOを手伝い定住する決心をする。妻は東京で美容院を頑張る、卒婚して別居生活だ。さよなら。新幹線に乗ると、妻が最初の日には私も挨拶に行くというメールがくる。一緒に母親の家に行く夫婦。俺たちの頭の上に故郷の白い雲が浮かんでいた。
一章が一時間のドラマみたいな作りで人間関係も明確だし話の盛り上がりと落としどころが一章ごとに組み合わさっていて読みやすく読むテレビドラマ、ドラマなのでセリフが多く、父と娘がこんなに話するものかとかいとこのトシの入りびたり様がいかにもドラマみたいであったり、若い女とどうこうなりたい下心がいかにもフィクションぽい。社長を引き受けるか迷ってるときには個人弁済のことは一言も書かれていなくて(書いてあったら財産を失う予測がたってしまうから)経理に詳しい元バンカーが個人弁済の条件をそのまま承継するだろうか、リスク管理ができていなくてどこが銀行員かととってつけたような財産なくしゲームありにはドラマチックを焦ったなという印象。岩手のクラスメートたちとの飲み会もうるさいとしか思えない。古い。飲み会とか、古すぎる。とにかくも勘違い親父で、最初の「エリート」という設定から違和感を感じた。エリートは必死になって勉強して必死になって最高学府に受かるんではなく、なんてことなくさらっと受かるのだ。それがエリート。こいつはそうじゃない。そのくせ俺はエリート、肩書が邪魔して再就職できない(ハローワークで職探しをする)俺がエリートだから妻は見合いで結婚したとか、エリート意識がまじいなかもんぽい。すごくいもっぽいいもっぽいって何年前に使われてた言葉って古臭い言葉だがいもっぽいとしか言えない。独りよがりでへたくそだろう絶対。妻も道子も受付女もトシもみんなドラマの出演者たちみたいでなかよしごっこは楽しいかい。展開が軽快だから早く読み終わる分には楽しいかもしれない。読んでいてかなりいらいらしてくる。前半の、定年後の卑下分析は面白かった。誘われると「私も行ってもいいの?」と聞いてしまう。誘われてうれしいが自分ごときが同行してもいいのかとへりくだってしまう。ジムのじじばばのそういう態度を軽蔑していたが、元知り合いのパーティーで(呼ばれていない)この後どこかで一杯と誘われ「俺でいいの?」とつい言ってしまうのだ。定年後も残っていた顧問職を今季限りでと言われ、申し上げにくいのですがと前置きされたことにいら立ちを隠しながらこちらからもうできないといつ断ろうかと思っていたところだなどと見栄を張る。
映画になると知った。あほ男がたちひろしで偉そうな妻が黒木瞳。エリート意識のあほいもを舘が演じるのは合ってそうだ。故郷はいいなあとご満悦に浸るきもい場面で胡馬北風に依るという五言詩が出てくる。いもエリに使うのはもったいない。

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DVD「ドロレスクレイボーン/黙秘」
スティーブンキングがキャシーベイツのために書き下ろしたミステリー。ミザリーは評判ほどいいと思わなかったけどいいって言ってた人もいたな。裏表紙のあらすじ:アメリカはメイン州の小島リトルトールアイランド。メイドのドロレスクレイボーンは富豪未亡人殺しの容疑で逮捕された。ニューヨークでジャーナリストとして活躍していたドロレスの娘セリーナは事件を知り故郷に帰る。20年前にもドロレスを夫殺しの容疑で検挙したマッケイ警部の監視のもと保釈されたドロレスと家に帰ったセリーナだったが母娘の間には溝があった。セリーナは過去と現在の二つの事件の真相を母の口から聞く。
キング原作なのでつかみも謎も真相解明もストーリーテラーらしくわかりやすい。謎はありきたりである。母娘の和解みたいな最後もよくやってられるなって感じ。審問会でマッケイ警部をやりこめて母親を無実にするセリーナの弁舌場面が盛り上がり部分と聞いていたがいやいやいや笑っちゃうお笑い場面だった。飲んだくれで言葉と暴力でドロレスをいためつける夫は娘にも手を出していた。未亡人の前で泣いてしまうドロレスに、事故は女の親友よ。と夫殺しを暗示する。夫が奪い取ったドロレスの財産(娘の教育費用)を銀行から奪い返し、それを知った夫は金を出せと迫る。裏庭に埋めたと教えて裏庭について走らせ古井戸に落っことすのだ。ドロレスが殺した証拠はあがらず、マッケイ警部の唯一の黒星になる。それゆえ未亡人殺しの立件で過去の負けを払拭しようと執念深い。寝たきりになりおまるの世話になり刺繍もできなくなった未亡人は死にたい死なせて、階段から転げ落ちようとする。止めに入ったドロレスともみあい転げ落ちてまだ息がありとどめをさしてと頼む。のし棒を手にしてとどめをさそうかと迷っているところを郵便配達人に見られて身柄確保。8年前の遺書に160万ドルの財産はすべてドロレスに譲るとあったことから遺産目当てと動機を作られしんでしまえころしてやりたいとののしるドロレスの声を通いのメイドたちが聞いていた。状況証拠による立件。娘のセリーナの反論は、二人は愛し合っていたというもの。はい?百合の話だったのかしら?マッケイ警部もあんぐり。人として愛し合っていたといいたかったらしいが思わせぶりな。お互いに尊敬して愛し合っていたから時給20セントでシモノセワから真冬の凍り付くせんたく干しまでずっとつかえていたのです。遺産のことなど知らなかった。あなたもその場にいたから母の驚きを見ていたはず。あなたは唯一の黒星の復讐のために母にまとわりついた。あなたはそこまで卑怯な男ではないはず。ぐぐぐ。目を伏せるマッケイ。名前からして負けている。審理は終わり無実を勝ち取った。これ、何の話し合いなんですかね。井戸端会議?状況合戦でなぜか簡単にセリーナが勝った。盛り上がらない。すべては私を守るためだったのね、ママありがとう。アメリカの映画はろくでなし亭主と暴力と娘のせい虐待はセットで出てくる。女と子供に暴力をふるう男は即殺でいい。

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by kumaol | 2017-08-14 16:36 | 雑記 | Comments(0)

あらすじは知っていても見たことも通しで聞いたこともなかった。映画オペラというのかなミックスしたようなもの。なんというか獣臭がする。しょっぱなから闘牛場面で剣を突き刺され血をだらだらと固まらせつつ流しつつ倒れゆく牛の最期を長々と見させられる。スペインの乾いた熱い空気。辺境を警備する兵隊たちのもとにホセの婚約者ミカエラ(母親がホセの嫁にと孤児を育てた)がやってくる。将校たちは広場や工場のロマの女たちを見物している。人気者のカルメン男たちの視線をくぎ付けにする。??すごいおばさんなんですが。見慣れるとというか、カルメンの話の世界が情欲や肉欲の世界なので、おばさんでもなんでも体臭がむわんむわんするくらいでいいの。カルメンは性格も悪いしずるいし頭も悪いしこの映画で見る限り体臭きつそうなおばさんなのだがどこがいいんだろうと隣の男に聞いてみると「わきが」と言ってた。なんで知ってるのかと聞くと「作者のゾラが言ってた」と言ってた。作者のゾラ。。。七と間違えてるのかな。でもわきがはすごく納得した。そんな感じ。ホセがカルメンをわざと逃した罰が明けて会いに来る。ホセの情熱的な求愛の歌を聴きながらカルメンはカエルのようなM字開脚と脇を全開させた格好で寝転ぶのだが、セクシーといえばセクシーなんだろうけども股関節がかぱっと開くのがうらやましいのと脇ががばっと開いているのがにおいそうなのとでホセの歌も滑稽に聞こえてしまう。ラッパの音がして帰営の時間だから点呼までに戻らないとというと怒り狂うカルメンつまらない男ちっさい男ね。カルメンに横恋慕していた将校を縛り上げてホセはカルメンたちと一緒に移動の旅に出る。あとをつけるミカエラ。途中闘牛士の一行が酒場に寄り、上流階級とのつきあいもある人気闘牛士エスカミーリョもカルメンに一目ぼれする。どこが。なんで。まったく意味わからん。おばさんだよ?で思ったのは、なぜカルメンがもてるか男たちをもてあそべるかというのはどうでもよくて、理由はどうでもよくて、カルメンはもててもてあそべる女なのであるという絶対的価値。そこから始まっている。やっと話が入ってきた。そうすると、カルメンは薄情でなければならないし淫乱であるし頑固だし愚かでなければならないから死ななければいけない。ホセは山の向こうにあばら屋根の母親が一人で住んでいるような貧しい家の息子でミカエラにも優しくするが愛していると身もだえたのはカルメンが初めてで身も心も奪われ職もなくし世間から隔絶してカルメンを追うのである。いいぞホセ。がんばれ。153分。一気に見れた。でも二回目はやめた。闘牛場面が二度と見たくないのと、ウマやロバも出てくるけど馬には夫婦二人で乗ったり子供3人で乗ったりロバには背中から両横腹まで荷物がどっさりだ。たばこ工場で働いていてたばこの煙の歌が面白かった。はばねらを楽しみにしていたが盛り上がる場面でもなく軽い扱いだ。ホセがよかった。聴かせる。同情してしまう。さすがドミンゴ、圧倒的。
男と女たちの濃さが濃すぎて疲れてしまった。大人の話だったんですね。
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by kumaol | 2017-08-11 22:17 | 雑記 | Comments(0)

160分。昭和〇年日本の出来事がトガキであり日本地図が出て赴任先の灯台の場所がクローズアップされて、日本全国を移動しながら夫婦の25年間の出来事をつづる全国ロケ。昭和7年観音崎から始まり北海道は雪の中馬車で病院に行ったり戻ったり。同僚の奥さんが死にかけ馬車で病院に向かうが途中で死んでしまい、御者が下りて馬の鼻元を引いてUターンさせる場面がリアルだった。小さくUターンするときは人が下りて誘導するのだな。九州の離れ小島に赴任の時は子供の友達がいないといってけんかになり別居する。赴任地が日本の真ん中に変わってまた一緒に暮らせると向かった先が佐渡島。日本の真ん中といっても長野ではない。灯台守の話だからそりゃそうね。嵐の夜、灯台の上から見下ろす海の波頭の激しさや夜中の海の膨大なるさまなどが楽しそうだった。一般的ではない特殊な専門知識を必要とする職業は魅力的に見える。第二次世界大戦がはじまり灯台は爆撃対象になり灯台守が死んでいく。御前崎も爆撃されたが無事戦後を迎える。息子が不良のけんかで死ぬ。娘は結婚してエジプトに行く。エジプトに向かう船に灯台からちかちかと合図を光らせると、婿は「船長に頼んでこちらからも合図を送ってもらおう」と走っていく。そんなのありなんだ。夫婦はおおむね仲が良い。「なかよくしよう。約束しよう」手をとりあう新婚の二人。なかよしカップルの話は好きだ。最初のエピソードで、髪を振り乱した女が(灯台守の妻で夫の浮気を疑い気が狂った)灯台に現れたところが怖かった。灯台という細長くて入口がひとつで階段しかない建物に見知らぬおかしな女がずいっと入ってくるので怪談だった。女学校時代の友人が好きな男が秀子を好きで秀子が結婚したあとも好きなのであなたはひどいと恨み言を言いに来る。(のちにその男と友人は結婚する)瀬戸内海の赴任地では、好きな女性と結婚したい部下が灯台守とは結婚しないといわれて振られる。(のちに二人は結婚する)おもしろくなくはないけどおもしろくはなかった。高峰秀子の魅力も、ちょっとなんだか、愚痴っぽい女だったし脚本も気に入らない。
木下は二十四の瞳の高峰だったが、二十四はまだよかったけども、おんおんおんおん泣く場面があって、その泣き方が幾年月にも継承されていた。うるさく泣く。息子が死んだときにおんおんおんおん泣いて、二十四と同じだと思ってしまった。木下とより成瀬とのほうが魅力的だった。題材が違うからだけども。ご飯を食べるシーンでは、茶碗のなかを箸でつつきまわしてすくうようであってすくわないでつつきまわしてようやく一口(なにもないものを)食べる。食事シーンを見るとはらはらする。(演出が下手すぎて)娘の結婚場面が最終なのだがすごく長くてすごく引っ張る。子供を育て上げて嫁に出して夫婦の大仕事がやっと終わったみたいな結論を出したかったらしい。最後が灯台じゃなくなっちゃった。と思ったらちかちか合図して私用に使っちゃって、ふぅんって感じ。佐田啓二はオールバックの髪形にしてるんだけどたいていの場面で前髪が額に落ちているので花形満だった。


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by kumaol | 2017-08-06 20:03 | 雑記 | Comments(0)

DVD「流れる」成瀬巳喜男

幸田文は小気味いい文体の作家、おとうとしか読んだことないけど、辛辣で冷酷な作品の印象を持ってました。「流れる」も淡々と冷酷な物語で、淡々さが成瀬と合っているし、見るたびにワンパターンな演技な高峰秀子もワンパターンがはまっている。というか、何を演じても〇〇というのはそれが好きな人にとっては欠点でもなんでもない。眉をひくっとあげたり唇の端をつつっとあげたり睨んだりそむけたりする表情演技、成瀬映画ではあって当然のものだし高峰さんはそれプラスどことなく投げやりな心がこもっていないせりふ回しだ。好みです。それに幸田文の無常さが加わって画面に「終わり」が出た時にはひどいーと思いました。救いのない生きているのが嫌になるようないやな映画です。そしてとても面白かった。一気に見れる。ところどころ昔の価値観が押し付けられてきてイラっとするところがあるが時代背景を感じられる映画として時代的価値づけもできるだろう。
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DVD裏表紙より
柳橋界隈の花街を舞台に、芸者置屋で働く女中の目を通してそこに集う女たちの悲喜劇を描く。幸田文の同名小説を、「めし」「晩菊」に続いて田中澄江と井出俊郎が共同で脚本を担当。「愛染かつら」の田中絹代、「祇園の姉妹」の山田五十鈴、「浮雲」「二十四の瞳」の高峰秀子、「晩春」の杉村春子、「秋津温泉」の岡田茉莉子など、日本映画史を彩る女優陣の競演が華やかだが、なかでも成瀬に請われ18年ぶりに銀幕復帰となった往年の大女優栗島すみ子の存在が光る。
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あらすじ
はやらなくなった芸者置き場の女将山田五十鈴と愛想が悪く不器量な娘高峰秀子。芸者デビューをしたこともあったが向かずニート(家事手伝い)をしている。なみ江が伝票と賃金が違ってごまかされていると秀子に言ってくるがいやならやめろとパワハラする。なみ江はそれきり出てこなくなるが千葉から叔父という石切り工が金払えと連日押しかけてくる。酒や寿司や女をあてがう山田。職業安定所から女中が働きにくる。夫と子供を亡くした独り者の45歳だ(田中絹江)。芸者の杉村春子、岡田茉莉子、山田の妹の中北千枝子などが女中の田中絹江に話すという形で状況や人間関係が見えてくる。10歳若い男を住まわせ貢いでいる杉村(年なのでひいきの客はなくヘルプや急なフリーの座敷に呼ばれる)、浮気者の男に捨てられ姉のもとに一人娘と一緒に身を寄せている中北。山田には異母姉に借金がある。旦那を持てと紹介されるが落ちぶれても意に染まぬ男の世話にならないと断る。一方で姐さんの栗島すみ子(料理屋を経営)にたより借金の申し出をすると昔ひいきにしていた先生から10万を預かってきたからとくれる。先生に頼ってみろと言われ、昔栗島の甥を先生の秘書に紹介してやったこともあり、先生はまだあなたのことが好きだからと言われてその気になってしゃきっと装って出かけていくが彼は来ない。10万は助けたいからくれた金ではなく二度と頼ってくれるなという手切れ金だった。石切りの脅迫事件で警察に呼ばれ示談にはなったもののつたの家の評判は落ちる。岡田茉莉子は昔の恋人に久しぶりに会いに行くがただで遊ぼうとする男に幻滅する。杉村は年下の男に捨てられ泣くと、そのほうがよかったと山田がいうのものだから、お金をちゃんと払わない女将が悪いだから捨てられたと攻撃してくる。伝票とお金が合わないという。山田はまあまあとごまかそうとするが高峰がいやだったらやめてくれて結構とぴしゃりというので岡田茉莉子と一緒に出て行ってしまう。以前から栗島がこの店を買い取ってやるから借金を返し雇われ女将になって仕事を続けろと持ち掛けてきていて、そうすることにした。少々の時間が流れて。杉村が酔ったはずみですみませんでしたと戻ってくる。岡田はよその家で売れっ子なので戻ってこない。田中絹江は栗島に、うちの女中にならないかと誘われる。つたの家はつぶして料理屋に改装するのだと計画を打ち明ける。それでは、おかみさんたちは。川向うにでも行ってどうにでも生きていけるだろうよ。唖然とする田中。狸婆の栗島。山田は芸妓になる予定の子供たちに三味線を教えている。高峰は店がなくなっても母と二人で生きていけるようにとミシンを習っている。三味線の音とミシンの音が格子づくりの家が並ぶ芸者街に協奏する。終わり
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映画の中で一番きれいなのはどう見ても高峰秀子なのだが、不器量な娘という役だった。いじわるそうな意固地な顔つきを作ってはいるがどう見ても一番の器量よしである。岡田茉莉子は相変わらずひょうひょうとした無責任な娘に描かれ、すごい美人であるのに、高峰秀子のせいで主役になれなかったのか、当時ははっきりした眼の西洋的美人は受けなかったのか。成瀬ワールドではキャストがおなじみさんなので、浮雲では岡田茉莉子の亭主だった加藤がここでは中北を捨てた女たらし役になっている。中北は、浮雲では森雅彦の正妻で前歯に金を貼っている役だった。中北は猫背で常に顔をかしげているような姿勢なので、いじいじした泣き言しか言えない女の役には合っている。
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ポン子という猫が飼われている。食卓に近づこうとする猫の首をつまんでぽいっと落とす女中の田中絹江、ポン子がいないから探しておくれと言われて屋根の上で見つけ首をつまんでぽいっと家の中に入れ落とす岡田茉莉子、接待の最中にポン子に膝に乗られ、あっち行けと首をつまんで遠くに放り投げる石切り工。猫の扱いがひどい。
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杉村が伝票と給金が合ってないと悪態をつく場面で、高峰はたてつく暇もない拒否をするのだが、「お嬢さんは男を知らないから」と言われ、男を知らないとなにか都合悪いことがあるのか、と反論してしまう。山田も杉村も岡田も中北も、田中も、この家の女たちはみな男で苦労してきているのだ。杉村は「へぇ~みなさん聞きました?ききました?」と触れて回る。ここが時代だなと思った。男がいなければ生きていけない女という身分。好きな男と自然に結ばれる二人ならこだわることでもないが、不器量な引きこもりで生きてきた女には結婚しろも男を作れもとげになっていく。男なしでも生きていってもいい社会になれてよかった。
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新生つた家を評して粟島が田中絹代に言う、「習い事に来ている娘たち、身を売らなければ立てるような女たちじゃない」このセリフで、石切り工も脅しの中で「金も払わず売春までさせて」と脅迫なのか事実なのかわからなかったが言っていたが、なか江が売春を兼ねていて女将たちが見ていないふりをしていたことがはっきりとわかるのである。
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ミシンの内職を始めた不細工娘であるが、ミシン内職の需要もあと何年と続くものではないことは未来から見ると明らかで、家もとられ頼りになる男はなく頼りにしていた姐さんからはだまし討ちにあった形で、芸者しかしたことがない母とニートしかしたことのない娘では、先行きの暗さを暗示させて打ち切るのが上策か。現実によくあるのがこういううまいこといかない話だろう。それでもどうにかして生きていけるものだから生きることは辛いの集大成だ。
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杉村春子はエッセイを書き2冊ほど読んだことがある。朝ごはん昼ご飯晩御飯の記述がよくあるエッセイだった。曰く、あと何回か、数えられる回数しか食べることができないのでおなかを満たすために食べることはしたくない、納得したものを食べる、ということを何度か書いていた。おいしくないのにおなか一杯になってしまったときに杉村春子を思い出していた。
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幸田文はやはり底意地が悪い。
女将の娘にもうちょっと愛嬌というか他人を許したり信じたりする気持ちがあればよいのにな。かたくなな娘が没落の元凶か。不細工だっていいじゃない。といいたいが男がいなければ生きにくかった時代、価値観が悪い。全部価値観のせい。


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犬が夜中に悲鳴をあげることが二晩続き、二晩とも手足を突っ張らせて脱糞したが抱いてやったらこっちにもどってきた。発作にはならなかったが周回を続けるのでさせることにした。4時間くらい歩き続ける。昼間も起きると歩き続ける。それからぐにゃりと寝る。だんだんだんだん悪くなっていくのだ。
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向かいの家の塀が壊れて直ったと思ったらまた壊れてた。なんでどうして。ふしぎ発見だ。


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by kumaol | 2017-07-02 17:42 | 雑記 | Comments(0)

DVD「めし」成瀬己喜男

面白かった。小説は面白いが映画としても面白い。成瀬監督のタンタン(淡々)が効いている。原節子は大柄でM子さまみたいだった。痩せて若い上原謙とは夫婦というより母息子みたいに見えるんだけど好みじゃないから厳しく見えるのか。高峰さんだったらよかったなあ。テレビドラマみたいなアットホームな物語かと思わせる出だしなのだがそこは林芙美子、徐々に基地外じみてくる。原節子が陰気なキャラで言いたいことを言わずに嫌味で遠まわし。言いたいことをいうときはねちっこく被害者意識満載で徐々に壊れていく様子がわかる。普通のどこにでもある夫婦の話というには抑えた演技と乾いたセリフ回しとわざとだろうと思わずにいられない夫の鈍感さ。大阪から東京に逃避した原節子が「ハハッハッハッハ」と大笑いするところが不気味だった。(かって両思いだった東京のいとこがまだ自分に気があるとおもっていたら里子とデートしていてつまらなく感じていたところに里子がいとこを恋人にしてもいいかと許可を求めてきたので関係ないわという強がりから大笑いをした場面)初めから変な人間たちを描くのではなく普通ですよ皆さん普通ですよと登場させておいてみんなどこかおかしい。特に貞淑で美人で幸せなはずの若妻原節子がおかしい。うまい。
あらすじ。恋愛結婚の二人は少々倦怠期。倦怠期というどこにでもある夫婦の話。夫の姪が、結婚相手が貧乏だから迷ってるといって押しかけ居候する。べたべたと誰にでも甘える姪の里子。上原にもなれなれしい。原節子は面白くない。少ない給料でやりくりしてるのに里子に小遣いをやろうという。いらつく。同窓会に出かける。いつもお美しいと褒められる。「まあ」しあわせな奥様でうらやましいわ。「まあ」はにかむ原節子。悪いたくらみにひきこもうとする同僚をきっぱり断って立派な会社員だと評価があがる夫、東京で働きたいという妻、里子を東京に送り返すついでに一緒に東京の実家に帰る。母親は兄夫婦と同居している。父親と喧嘩したといってそこにも転がり込んでくる里子。兄がきっぱりしているので居候は自分のことはじぶんでやれと母親や兄嫁を使わせない。居心地悪い節子は早く仕事を見つけなければと思うが。上原が迎えに来る。店でビールを飲む二人。「腹が減ったなあ」あなたって腹が減ったしか言わない。わたしはごはんを作るだけ。と喧嘩したことが思い出され、二人してニヤッと笑う。一緒に大阪に帰る。
夫が悪者に接待されたところがMETROで、大昔のキャバレーの様子が映っていて面白かった。品川も大阪の街も、古くて面白い。電車の窓から、夫あての投かんしなかった手紙をびりびりに小さくして捨てるシーンがあるのだがゴミ撒き、昔の情景。今なら不快感が募る出来事だろう。ユリちゃんという子猫を飼っているのだが、東京の実家に帰るときには猫のことはほったらかし、あの人(夫)はユリちゃんを家にいれてくれているかしらなどとのんきな心配をする。猫は雨戸のしまった家の外に追い出されたままだ。原節子が好みではなかったので里子を応援した。しゃべったり動いたりするたびにまともなまじめな人をイラつかせる気持ち悪い女である。原節子がいらいらしたり嫉妬するのがなにげに快感だった。小説は未完なので映画関係者が作った結末、一緒に大阪に帰るはありそうでありそうだが。鈍感でやさしい夫が離婚する!と離婚して、いじいじ愚痴っぽい妻が「もうご飯をつくることもできないのだわ、ハッハッハッ」と気が狂うというのがもっとありそうだと思った。林芙美子は面白い。成瀬もよい。
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専業主婦がほとんどの時代、女は男の付属品だった。男のおまけとしての人生、閉塞感。働く当てもない何もできない何のとりえもない女が家計のやりくりに疲れてデリカシーのない夫に疲れてめしを作って差し出すだけの生活に疲れる。家があれば職があれば財産が有ればたった一人の男にへいこらしないでもすむ。里子を前にして馬鹿笑いする原節子もこわかったがそれ以上に怖かったのが、節子の母と妹だ。大阪から夫が出向いてくる、外出していた節子はたたきに夫の埃だらけの靴を見る。母親と妹は満面の笑みで、耳元まで裂けるほどの口角をあげた満面の笑みで、「迎えに来てくれたわよ、帰りなさい」「よかったわねお姉さん」とニカニカするのだ。二人の顔がこわい。ふたりの無神経がこわい。まったく気持ち寄り添うことなく、女は夫のもとに帰れそれが正しいあり方だと信じて疑わない。息詰まる。林芙美子はどういう結末を書きたかったのか。男にもてて美人とほめられるただし一人で職をさがし歩くでもなくエリートのいとこを頼るようないわゆる形だけの反抗をしている甘ったれ、誰も悪人になっていない。大阪に二人で戻ってもどちらも根に持たない。どこにでもある風景と見せてものすごく異様だ。淡々と夫を刺し殺しても不思議ではない。壊れて感受性がなくなってしまうのだ。自分の身に起こったこととは思えなくて。

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by kumaol | 2017-06-10 21:10 | 雑記 | Comments(0)

大沢君の岡田将生はきれいな顔をしているが最近テレビにでてくる高花田の長男に似てる。加瀬亮は知り合いにファンがいて下北の舞台挨拶の時に北海道から出てきたから名前を覚えた。まあまあ。加瀬亮の子供時代を演じた子供がいちばんよかった。かわいかった。子役の二人はそれぞれの大人の二人に似ていて、うまくキャスティングされている。小説で読むと普通の話(少々週刊誌ぽい)だと思ったが映画になるとありえないんじゃないかというこんなことないんじゃないかなと思ってしまうので面白味が半減した。紙の上の活字だと突拍子ないものも納得できないことも受け入れられるが映画で人物が動いたりしゃべったりすると現実と無意識に照らし合わせて拒否反応がでるのだろう。父親の小日向文世はヨットスクールの校長に似ているのでイメージがだぶり最後の最後にどんでん返しがあるのではないか驚愕の腹黒さがあるのではと期待したがなかった。おれたちは最強の家族だ。だって。なんかね。
加瀬亮と岡田のおしゃれ兄弟、漫画チックと見れないこともない。それかなあ。兄ちゃんは弟をほっとけないみたいだし弟は兄がかまってくれるのを見越している。弟のストーカーの夏子はブスだったのが整形して吉高由里子になった。整形したら美人になるという大嘘にしらける。マンガじゃないんだから。肉や皮膚を切ったり縫ったりしたら跡が残るし骨との整合がとれず不自然でしょう。漫画チックな小説だったのだなと映画で知った。レイプの子でもほんとの子でも仲良し四人家族になれるかどうかはわからない。レイプ犯の渡辺篤郎を火事で殺すのだが渡辺がよくまあ子供たちの話を聞いてあげたり持論を展開したり子供相手に(高校生と大学生)丁寧なご対応、そんな大人っているんだろうか。おしゃれ兄弟にとってすごく都合の良い、いつでも殺されるような聞き分けの良い元レイプ犯なのである。渡辺はアホの役をあほ面でうまく演じている。地なのかも。映画じゃなくてドラマでもいいんじゃなかったかなーと落ちる部分がなんもない映画。原作が悪いのか。重力ピエロというタイトルはなんだろうって気になるしかっこいいけど、ピエロはいつも楽しそうに笑っているから重力に負けない空中ブランコから落ちることなんてないんだ成功するんだという説明で、いつも楽しく笑って生きなさいって言いたいらしい。校長の張り付いた笑顔がこわい。ガンで闘病しているんだけど。時間の無駄だった。見てみないと無駄かどうかはわからない。

あらすじ。校長と鈴木京香はなかよし夫婦で長男泉水が小さかった時にレイプされて春が生まれる。二人とも英語でスプリングなの。鈴木京香は死ぬたぶん自殺で。放火魔がぼやを連続させる。弟が落書きを消して回っている場所と放火された場所が一致していた。放火された場所を写真にとると頭文字が遺伝子の配列だ。兄は遺伝子工学を学んでいた。ほんとだ。だが、だからなんなのかわからない。そりゃまあ、弟が放火して落書きして落書きを消しているんでしょう。ストーカー整形吉高が加瀬に教える。渡辺は5年の少年院で出所していて同じ町に住んでいた。空き家に呼び出し放火して渡辺を殺して、これからどうしたらいいかな。自首しない。そのまま。終わり。

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by kumaol | 2017-05-07 21:30 | 雑記 | Comments(0)

DVD「魍魎の匣」京極夏彦

京極夏彦の本はかなり先まで読まないとなんの話かわからなくてとにかく頑張って読んでいくとだんだん引き込まれて面白くなり読み終わったときには楽しくなって読む努力が報われる。映画も同様で、なんの話かわからない場面がカタカタと続いてセリフも長く早口で字幕にしていたからずっと字幕を読まねばならず目が痛くなり時代も飛んで人間関係もわけわからぬがある時一気に話がつながってなるほどなるほどと思ったころには荒唐無稽な活劇風になっていて最新技術の見せ所な頭だけで生きているとか手足なしのチューブつながりとかを見せて娯楽大作に収れんされる。小説に比べて評判はよくないらしいが面白いところもあったのでよかった。オン箱様宗教がおもしろかった。箱の中に不幸を詰めて不幸を取り除いてくれる。古文書を研究して古事をもとにした事件の古事それすらもフィクションなのだから想像力がすごい。オン箱様の本陣に乗り込み、魍魎退散の式(というのか?)を京極堂が仕切るのが見ごたえあった。面白かった。ソテナテイリサニタチスイイメコロシテマスしふるふるゆらゆらシフルフル~。カンコン面白い。ストーリーがあいまいな点があったので二回目を見た。犯人や人間関係がわかってから見るとずっと面白かった。1回目でも面白かったオン箱寺田と中禅寺の対決場面はやっぱり面白かった。映像もきれいだし役者もみな上手だった。字幕で見ないときついと思う(聞き取れない)。魍魎は四方にいる。寺田をあわてさせる。他人の不幸をこんなに集めてはあなたの身が持たない。さらにあわてさせる。中禅寺の魍魎退散が始まる。四方を鉾で打つ、カンコンシンソン。チュウケンダゴンリー。ばだばだと教主様寺田が倒れる。寺田は久保の父親であり美馬坂研究所とつながりがあった。バラバラ殺人事件が美馬坂の死なない兵士を作る研究目的とつながったのだった。名前はなんとなく知ってた気もするが宮藤官九郎を初めて知った。なかなかよい。


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by kumaol | 2017-05-04 20:52 | 雑記 | Comments(0)

DVD「永遠の0」百田尚樹

ほぼ原作通りだった。144分。ゼロ戦がおもちゃかと思った。
本は面白かった。勢いがある文章で一気読みした。だが映画になって人間が動いてしゃべって演じてストーリーを作っていくと、わざとらしかったりありえなかったりおかしかったりするところが結構あって入り込めなかった。
姉(吹石)と弟(三浦春馬)が気持ち悪い。姉が弟をひじでつついたり目くばせしたり夜遅く車で迎えに行ったりするのが気持ち悪い。頼りない弟を演じていて頼りなく見えたのでそこは成功している。気持ち悪い姉弟でなじめなかった。
会ったことも見たこともないおじいちゃん宮部久蔵(岡田准一)とはどんな人物だったかと調べ始めるのだが、弟はおじいちゃんが血のつながったおじいちゃんじゃなかったことも初耳だった。小隊の仲間や教官時代の教え子たちから話を聞く。だんだんと祖父の姿が見えてきて、「おじいちゃんは家族を捨てたんじゃなかったんだおばあちゃんとママを愛していたんだ」と強く結論づけて、うるうると泣く。会ったこともないのに。立派な男だったという話を聞いて(初めにあったころの男たちは臆病者恥ずかしい男と言っていたが、最後のほうには批判はなかったことにされる)都合よい。そこはまあいいけど、休暇で日本に帰ってきて一緒にふろに入った話を聞いて母親(風吹ジュン)もうるうると泣く。あたしはお父さんに会ったことがあったんだ。うるうる。なんで泣けるかな。ほぼ知らない男ですよ?そして孫たちの姉弟も、「おじいちゃん・・・」と言って泣く。観客がぜんぜん悲しくないのに役者が泣いてるからお笑いだ。話を聞かせる男たちは見るからに貧しそうな男(平幹次郎)はかーぺっと痰を吐いて批判する。大会社の社長になった山本学は宮部さんこそ日本のために生きて帰ってほしかったと絶賛する。立派な社長室で皇居(かどっか)を背景にして立つ山本学が胃腸薬のCMにしか見えない。組の親分になった男も宮部は男の中の男とかドヤ顔で言う。えらそうに。百田が好きそう。だからとにかく長くて長くて退屈だった。青空はきれいだった。戦地に行くまでに3時間ずっとゼロ戦に乗り続け交戦時間は10分ですぐに戻らなければ燃料がないというセリフがこわかった。3時間の往復をずっとゼロ戦の中にいなければいけない、つらかっただろうこわかっただろうとそこは実感した。戦争は絶対いやだ。戦争になったら選択の自由がない。ぎゅうぎゅう詰めの電車でも乗れと言われたら押し込まれて乗らなければいけないという想像。歩いていくとかタクシーとか行かないとかの選択ができない。絶対いやだ。教官時代に、生徒たちは臆病者の噂を知っていたし戦地に行くための可をつけないのでうらんでいた。生徒の一人が爆発で死に、機体を無駄にした犬死したと上官にののしられるが宮部はそんなことはありませんと口答えする。上官は宮部を殴り続ける。そのご、宮部を馬鹿にしていた生徒たちは「教官!」と慕うようになるのである。ありえなくない?臆病者のバカ教官というのであれば、上官と同じように考える洗脳があったのではないかな。犬死してばかめと思うのが流れでは。得にならないところで口答えしてどうなると思うのが流れでは。それがみなさんのろまの亀のように「教官!」ですよ。安い。
一応主題は貫くだと思って見た。たった一人でも、信念を貫く。ひとり自治区。ひとりだけ違うことを恐れないてところ。松本だったらおもしろかったのに。

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by kumaol | 2017-04-29 21:37 | 雑記 | Comments(0)

メドベゼワのFSの楽曲なので国別までには観ておきたいとあわてて見た。最初によく聞くテーマ曲がかかって、あらほんとにめどべの曲だと感激した。男のコは瞳が印象的なきれいな子で、リプニツカヤに似ている。めどべの曲だがリプに似てるのが因縁ぽくて面白いと思った。
映画のあらすじは、3・11で父親のトムハンクスが死ぬ(遺体は見つからない)。青い花瓶の中に鍵が入っているのを見つける。ブラックというワード。男の子はニューヨークの472人のブラックに会いに行き鍵を知っているかと尋ねる。そうして出会う人々がコラージュ風に描き出される。おばあちゃんはおじいちゃんと別れていたがおじいちゃん(マックスフォンシドー)が戻ってきていてブラック探しにつきあう。男の子はアルツハイマー症候群かもしれないといわれている。こだわりがつよく周りが見えない。カフェで「閉店です」と言われても「もうすこし待ってよ」と叫び悪びれるところがない。父親の最後の言葉が留守番電話にはいっている。おじいちゃんは聞くのがつらいと言って協力をやめ帰ってしまう。最初に出会ったブラックさんの別れた夫が鍵の持ち主だった。バザーで買ったのだ。(バザー開催の新聞記事が用意されていた)。息子は父親が出した最後のゲームを解くことができた。
鍵は父親の秘密に迫るものではなく、ブラック氏が親から渡された貸金庫の鍵だった。鍵の中身を一緒に見ようと気を使ってもらうが、僕には関係ないからいいよと断る。ずっと鍵の中身はなんだろうと思ってみてきたので、強烈な肩透かしだ。だがあっさりと断るというところまでもこの子らしくて狙ったんだろう。この映画の主眼は鍵の中身ではなかった。ではなんだろうか。
鍵の中身は関係なかったとわかったところで、母親があなたのしてきたことはなんでも知っていると明かす。あなたの部屋から出てきた地図が新聞記事、ブラックさんたちを訪ね歩いたこと、男の子が訪ね歩いた家には母親もあとから訪ね歩いていた。父親とのゲームを解決したことも鍵の持ち主が見つかったことも知っている。だってわたしはあなたを愛しているもの。ママ!。たぶんこんな感じ。
DVDだと一回目にストーリーだけとにかく知って二回目に表情とかセリフとかよく見て気に入ったら3回目四回目とみるんだけども、テーマが親子というのが苦手分野、男の子は顔はかわいいけど性格がしつこくてわがままで好きになれないのがきつい。1回しか見なかった。
男の子には秘密があった。留守番電話のときに家には誰もいないということになっていたが実はいた。父親が誰かいないかと聞いているのを聞いていたのだ。こわくて出れなかった。鍵の持ち主に聞く。「ぼくは許されるか」「なにを許すんだ、電話に出なかったことか」「出なかったことを誰にも言えなかったこと」。鍵を引き渡し、重荷も軽くなった。旅は終わったのだった。ママ(サンドラブロック)のあたしはなんでも知っていたがあっと驚くなのかなあ。男のコが連日連夜出歩いているのはおかしいといえばおかしいけど映画だからいいのかなあと受け入れ始めたところでママ無双。変な親子。


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by kumaol | 2017-04-15 22:39 | 雑記 | Comments(0)

まん丸ではちきれそうな顔をした若く健康的な高峰秀子が見れる。タイトルみたいな監督名だが島耕作ではない。始まりは歌で会話していたがふつうにセリフ映画に移って劇中歌があり笠置シヅ子と高峰秀子が並んで歌って若々しく大昔の映画だなという感じが結構いい。笠置シヅ子は今井遥に似ている。たれ目でかわいい。シミーズ姿でパンツの線もあらわな場面があり、笠置さんのほうはお色気キャラなのかもしれない。
しんしょうの家に高峰と笠置が下宿している。画家と声楽家を目指しているがお金がない。しんしょうもお金がない。しんしょうの甥の灰田勝彦が犬を拾う。おばの浦部粂子に捨ててこいと言われ高峰は捨てる場所を探してうろうろする。映画撮影に貸してくれと言われ貸した縁でエキストラをしていたラッパ吹きと知り合いになり銀座で歌って稼ごうと持ち掛けられる。犬は捨てることができずこっそり飼う。銀座に初出陣する。店に押しかけていって歌って踊る。客は一人もいない店でうたってしまったりお通夜の席でうたってしまったり失敗続き。気を落とす。酔客にからまれたりチンピラとけんかになったり、ドタバタ活劇がありボーイに渡すチップを自分宛と勘違いして手を伸ばしてがっかりしたりの喜劇風味ありで、徐々に流行ってきてお金もちになるとんとん拍子。大家に家を出て行けと言われしんしょうの家もお金がない。かんかん娘で稼いだお金を使ってくれと渡して家を守る。灰田勝彦と結婚して締めはしんしょうの落語で終わり。
日本語字幕のメニューがないので聞き取りづらく最大音量にして観ていた。落語は何を言ってるかほとんどわからない。
灰田と高峰がデートに出かけるとき笠置がさみしげにカップルの人形を動かしてかんかん娘と口ずさむのだがどういう心境をあらわしたのか回収されていないのでわからない。ストーリーも筋の運びや人物像もわかりやすい昔風で顔の表情がわざとらしく大きく演出も学芸会的であり、深刻に見るものではない。山あり谷ありのハッピーエンド物語である。チンピラにやっつけられたときの傷だらけの灰田の似顔絵がうまかった。
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笠置が男女のあやつり人形をかたかた言わせる場面では笠置も灰田が好きだったという暗示なのか、女友達に恋人ができた寂しさなのか、なにかを暗示してはいるんだろう。この映画は前半と終了部とでは監督が別人みたいになっていて、話がつぎはぎされたかのようにまとまりがない。最初はサンタルチア風に歌劇ぽく明るくドタバタ劇でとんとん拍子で恋もうまくいく軽快なノリなのだが、最後は結婚式でしめくくられるが結婚式に笠置の姿はない。落語家のしんしょうと、今まで出てきていなかった名前のない役の黒背広(式服)の男たちが大勢。異様な絵面である。しんしょうが落語を始めて、高峰と灰田は退席し、黒服たちは残り、しんしょうはえんえんと落語を話してテンテンテンテンという音楽で終わる。終盤はカンカン娘ではなくなっている。闇終了というか、けったいな終わり方である。

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by kumaol | 2017-04-09 21:13 | 雑記 | Comments(0)